ある日、電車の中で一人の男が携帯をいじっていた。
名前は白井恭司(しらいきょうじ)
すると隣に座っていたお婆さんがおずおずと、
「医療機器を使っているので、携帯をやめてください」と言った。
すると若者は、前きたメール見てるだけだから、と言ってまた携帯をいじり始めた。
お婆さんが何度も、やめてください、と言い続けると、ついにその若者は怒りだした。
「見てるだけなんだからいいだろがぁ!別にメール送ってるワケじゃぁねぇんだからよおぉ!」
その気迫にお婆さんはすくんでしまった。
その車両にビリビリと若者の叫び声が響いていた。
すると、さっきからその会話を聞いていた向かいの座席の新入社員らしき若者が口を開いた。
「メールをしていなくても携帯からは常に電波が発せられているんです。私からも使用を止めてくださる様、お願いします。」
その若者がずっと睨んでいたのでついに白井は観念し、こう言った。
「…あのな、この携帯には4ヶ月前から一通もメールがきてねぇんだよ。だから前きたメールを読み返してたんだ…」
しん……
その車両に沈黙が走った。しかし、その沈黙は長くは続かなかった。
ドアの前に立っていた一人の女性が、その白井の前に立った。
はじめ、白井と社会人の若者、そしてお婆さんでさえその女性のことを何事かと思い、見つめていた。
そんな視線などお構い無しに、その女性は白井の携帯を奪い、何やらカチカチと携帯をいじったあと白井に突きだした。
その女性は今度は自分の携帯をカチカチといじる。
その間、その車両では誰一人口を開かず、
物音を立てる者もいなかった。
すると、白井の携帯が…………震えた。
その女性は何事も無かったように座席に座った。
さっきから立ちっぱなしだった社会人も座った。
白井は最初、ぽかん…と口を開けていたが、
すぐにその顔から、ほんのわずかであったが、笑顔が漏れた。
一人の女性が、若者の心を癒したのだ。
車両の中はとてもあたたかい気持でいっぱいだった。
婆ちゃんは死んだ